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西の都の物語

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冬が始まるよ♪

ジョン・ウー監督が太宰府に現れていたっ!!

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ということで、FBSが蒼天航路の放映を見合わせるという暴挙が行われる前日に、

レックリのジョン・ウー監督が太宰府の九州国立博物館へいらっしゃってたそうな。

おおお!!すぐそこにウーさんがっ!!

一言おっしゃって下されば、太宰府をくまなくご案内させて頂いたモノを。

DAIに遠慮して、黙って通り過ぎていかれるなんて、なんて奥ゆかしい・・・。



※※



レックリpartⅡもそろそろ公開なんだけど、partⅠが公開される前のウーさんのインタビューで、

演義の周瑜はちょっと人物像とあわなくて、本当の周瑜っていうのは、人を恨んだりしなかったのではないか?

ということをおっしゃっていた。

僕の周瑜像と似てるなぁ・・・、と。

ていうか、まんまでね。

あー、この人となら、三国志を何時間でも語れるなぁ、と思ったり。



ちなみにあの感想を書いたのは2002年なんだけど、周瑜像が出来上がったのってもっともっと前。

小学生から中学生にかけての頃かなぁ・・・。



当時、横光三国志の連載が始まったり、人形劇三国志があったり。

で、僕もご多分に漏れず、最初は張飛、次に呂布が好きだったんだよね。

そのうち光栄から三国志というゲームが出て、友達が持っててね。

やってたの。

でも、友達のゲームを友達の家でやるからあんまりわがままも言えず、

ずーっと僕の役割は「呉」。

そうこうしているうちに、すっかり「呉」に愛着が湧いてねぇ・・・。



そんなきっかけで入った「孫呉」スキーへの道だったんだけど、

色々調べていくうちに、孫呉がめちゃくちゃ面白い存在だってことに気付いちゃってね。

演義の劉備より、正史の孫呉。

いつしか思いは周瑜の元へ。



蒼天が一番盛り上がってた頃始まった「レックリ」の制作話。

もしかしたら、あの頃の周瑜談義の影響が、ちょっとはレックリにも含まれてるのかしらね?

なんて話を時々みゆきさんとしたりする。

だとしたら、あの頃、蒼天談義の中心に居た僕の周瑜像も・・・。

なーんてね。笑



※※



昨日、H松の結婚式で、N野に会って来ました~。

最近、ジャンプ、NARUTOが面白いよねぇ。

あ、DAIさん、N野、NARUTOの担当してるって言ってましたよ。

! そうなのか!



そうなのか・・・。

なるほどね。クスクス

なるほど、なるほど、そーゆーことかー。クスクス
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by hot_soul | 2009-04-07 11:39 | 夜の戯れ言