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西の都の物語

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冬が始まるよ♪

そうだ!!奈良へ行こう♪ 1 西の京

12月の半ばの日曜、ある旅行会社から、1通の手紙が届いた。

12月某日 13時~14時の間 釜山旅行1泊2日 6800円
5組10名様 当たります

へ?釜山に6800円??
これは、応募するぞ!!

と、思ったら、葉書が届いたのは14時過ぎ。

えーっと、応募できるのが14時までで、葉書が着いたのが14時過ぎで、

えーっと‥‥??


うう、ここが太宰府やからかのぅ。
太宰府やから、葉書がつくのが遅いんかのぅ。
昔は、時代の最先端やったらしいんやがのぅ。
天平時代に大流行した天然痘も、太宰府発やったらしいがのぅ。


しかし、その葉書の終わりに、希望の一文。


12月25日にもキャンペーン第2弾♪ おみのがしなく♪


みのがさねーっ!!みのがすもんか!!


                          **


つーわけで、葉書も届かないのに、サイトを覗いて、
無理矢理応募しました、キャンペーン第2弾。

今回は海外旅行ではなく、国内旅行。
USJへの旅!宿と飛行機代合わせて5800円♪

USJの入場料は別料金ですってよ。
ということは、関西まで行って、USJに行かなきゃ良いわけジャンね。
のった!!
のったよ、この企画。

で、当たりました。

後で分かったことなのだけれど、とりあえず、
一日分はUSJのチケットを買わないといけないんだって。

ケッ

ま、テーマパーク嫌いのDAIだけど、杏ちゃんでも呼び出しますかね。
杏ちゃん、USJの年間フリーパスもってるって言ってたし。
*杏=姪っ子

というわけで、思いがけず久しぶりの関西。
懐かしいってほどでもないんだけどね。

なーんか、まだその辺に住んでるっていうか。
梅田界隈歩いてるっていうか。笑



                              **


とりあえず、USJ編を吹っ飛ばして、奈良編。

で、今回、どーしても奈良。
ほら、去年、中国行って、大明寺行って、住んでる場所が太宰府で、
観世音寺やら、戒壇院やら、したら、鑑真和上展が始まって、
こりゃ、もう、鑑真でしょ。

マイブーム

そんなことしてたら、西国さんとこのブログやら、りささんとこのブログやらで、
立て続けに奈良紀行を読んじゃって、
ますます、マイブーム。


脳内で福留が叫んでますよ。

古都奈良へ、行きたいカーっ!!

おーっ!!

パッパラパッパラパッパッパー♪
パッパッパパラパラッパー♪


はは、もう駄目。
奈良しかありえんけん。

ガーキー!!風香!!待ってろよ!!(とりあえず、奈良の知人を並べてみた)


                               **


さて、初日の宿はユニバーサルシティの近鉄ホテル。
大阪から奈良に入る時、近鉄&フリー切符あたりが常道なのだけれど、
路線の関係で今回はJRを使うことに。

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7時15分にユニバーサルシティ駅を出て、
西九条、新今宮で乗り換え。
新今宮から快速に乗ると、1時間6分で、そこは奈良。
780円。

もし、九州から空路で奈良に直行するなら、
関西国際空港、伊丹空港からのリムジンバスがおすすめ。
DAIも帰りは関西国際空港への直通リムジンバス 1800円を使いました。


                             **


朝早く出たので、電車は混むこともなく、ゆっくり座れます。
前日、USJで姪っ子の相手をしていたので、うつらうつらと居眠り。

ああ、そういえば、奈良はシルクロード博以来だねぇ‥。
いや?その後、もう一回行ったような‥。

でも、小学生の頃はしょっちゅう行ってたっけ。
なんか、懐かしいな‥。

ああ、小学校の修学旅行でも行ったかも。

へー、そんなもんかねぇ‥。
と、ふ、と目を開けると、なんだか、見覚えのある風景。


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あれ?
この風景‥

ちょうど停まった駅は、法隆寺。

え?でも、この風景、知ってる‥


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ここ‥

阿志岐だ‥

そう、この前、土佐犬がおばあちゃんを襲った、DAIの一番好きな散歩道。
東京に戻る前、必ず歩いていた道。

万葉の歌人が、故郷を懐かしんでは歌に詠んだ場所。

寝ぼけ眼でボーっとしていた脳が、ハッキリ覚醒。

背に山、前に川。
中国の古鎮と街の作り方が一緒だからか‥。


いや、それだけじゃないよねぇ‥。


そうか‥。
そうだったんだねぇ‥。

そりゃ、阿志岐の原で、万葉歌人が故郷奈良を懐かしむわけだ。
そういうことか‥。

色褪せた万葉の詩歌が鮮やかに色づく瞬間。
この感覚か‥。


なるほど、この旅行はなるべくしてなったもんだったのかも知れないね。
この感覚を辿るために、僕はここに来た。

オッケー、張り切っていこうじゃないの♪


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JR奈良駅に着くと、まずはバス切符を購入。

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ターミナルに駅員さんがいたので尋ねると、
道の向こう側で、フリー切符を売っていると丁寧に教えて下さいました。

それどころか、まだ切符売り場が開いてなかったのに、
わざわざ開けて下さって、さすがに、文化の受け入れ口だっただけはある、
と、感心しきり。

奈良のバスフリー切符は何種類かあって、市内循環、市内循環&西の京など、
自分のまわるコースで使い分けると便利。

今回、DAIは鑑真和尚の足跡を辿りたいのと、
数年前、仏像にCGで色をつけていた「新薬師寺」に行きたかったので、
奈良・西の京フリー乗車券 810円 をチョイス。
ただ、西の京へは近鉄電車を使っても行けるので、自分のプランとの兼ね合いがいいかも。


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さて、まず目指すは西の京。
去年の夏以来、鑑真和尚については、みっちり詰め込んだからね。
抜ける前に、さっさと唐招提寺にいかんくちゃ。

というわけで、JR奈良駅から、六条山行きのバスに揺られて25分ほど。
唐招提寺駅に到着です。

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奈良のお寺さんはえらいもので、唐招提寺も薬師寺も、午前8時半開門。
この時間に開門してくれたら、早めに西の京に入って、
午前中に奈良公演に移動もできるよね。
と、妙なところに感心。

ちなみに、唐招提寺は通常の拝観料大人600円、薬師寺は500円。
期間や、公開されてるものによって、弱冠お値段が変わるので要チェック。
詳しくはコチラ


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唐招提寺HP


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で、唐招提寺なのですが、今は解体修理中。
今日のところは、門の前まで。
2010年にもう一度来るとしますか。
それまで、マイブームが持ってたらな。

でも、なんだか、とても不思議な気持ち。
去年の夏に、大明寺に行くことになって、その日に鑑真和尚展のポスターを目にして、
中国に旅立った日に、鑑真和尚展が始まって‥。
ちょうど、そんな最中にれいこさんとこのブログに鑑真のことも書いてあって。

それまで、あんまり鑑真さんなんて意識したことなかったのにね。
目にし出すと、次々に飛び込んで来るというか。
そういう流れってあるよねぇ‥。


奈良のひんやりと澄んだ空気。
静かな朝。

揚州から奈良への旅。
途中、太宰府にも寄られたんだよねぇ。

その足跡を辿ったわけだけれど‥。
ま、いっか。
言葉にする必要もないものもあるよね。


                             **


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さて、唐招提寺の前をちょっと進んで左に曲がり、200mほど歩くと薬師寺。
なんだろう、この道、観世音寺辺りに似てる‥。

色?

空気?

ひなびた感じ?

むー、よく分からない。
けど、似てる。

あ、柿の形が違う!

‥鑑真和尚もそんな間違い捜しでもされたのかな?クスクス


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薬師寺と言えば、天武天皇が天智天皇の娘、
持統皇后の病気平癒を願って建立されたとか。

まあ、今で言う病院みたいなもんかいな?
ちと違うか?

で、実はこの天武天皇が結構興味深い人物なんだよね。

記紀神話の中に、神功皇后、応神天皇の話があるわけだけど、
神功皇后が新羅に遠征して、太宰府の隣の「宇美」で生んだのが応神天皇。

で、田川あたりに新羅系の鋳銅技術者の集団が居て、
それが、宇佐へ流れて宇佐八幡になっていく、と。
「海」氏であり、秦氏。


一方、継体王朝に変わってから、倭国は親百済政権であって、
磐井の乱は、継体が百済に味方しようとするのを新羅が嫌って、
磐井のバックについて起こった、と言う話。

つかさ、普通に考えて、百済と新羅が倭地方の経営権を巡って争っていた
っつー話よね、コレ。

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継体朝は、天智天皇、つまり大化の改新で有名な中大兄皇子まで続く、と。
もちろん、天智の母、斉明天皇も親百済派。

645年に大化の改新があって、その前後、百済の王族なんかが倭に居た、と。

ところが、その前後、半島では新羅が唐と組んで、百済を滅亡させている。
で、斉明天皇は百済を救うために大軍を半島に向かわせてるものの、
白村江で新羅・唐連合軍に完敗。

九州に来ていた斉明天皇は朝倉で崩御。
恵鮮八幡辺りがその崩御された場所?なんて言い伝わっている。


つか、物語として、実は神功皇后って、斉明天皇の願望なんじゃねーの?
なんて思わないこともなくて、そうすると、応神のポジションに天智がはまったり?

ま、そういうのは古代史家にまかせるとして‥。
まあ、天智天皇は、多分に親百済派だったであろう、と。


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一方で、天武天皇なんだけど、実は天智天皇とは兄弟ではなかった
という説もかなり有力。
つか、DAIも普通にそう思うんだよね。

で、その後、半島情勢は劇的に変わって、百済を滅ぼした新羅が、
その勢いをかって、そのまま高句麗まで滅ぼしちゃった、と。
百済も、新羅も、元は高句麗の部族が分かれたとか言われてるっぽいんだけどね。

その高句麗の初代の王様がチュモンで、中興の祖がヨン様

ところが、その高句麗までもが新羅にやられちゃった、と。


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思い出してみる。
一昨年、水素さんと国立博物館で眺めた仏像。
小振りだけれど、非常に繊細で、精緻な技巧が施されていて、
それは、九州国立博物館や、宗像神社に飾られている金細工を
どこか彷彿させる百済の仏像。

なんだけれど、

DAIが去年の夏中国で見た、おおらかででっかい観音像や、
それとあきらかに繋がる、観世音寺の丈六の観音様が、
どうしても、一昨年見た百済の仏像と繋がらないっつーか。


仏像に施されている技術が、あきらかに違うっていうか。


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ここで天武天皇ですよ。

壬申の乱によって、天智の息子、大友皇子を討ち、
自らが天皇になった大海人皇子。

彼、宗像氏の娘をめとってたり、名前の「海」が示すように、
どうも、渡来人に非常に関係が深い。
本人が新羅の将軍やら、王族、とまでは言っちゃいけない気もするけれど、
あながち、変な話でもない、と。

そして、天武朝になってから、ものすごい勢いで遣新羅使が送られた、と。
まあ、そりゃ、百済もないわけですし、
国防上、新羅とよしみを通じる必要性はあったんでしょうけど。


で、その頃、半島で何があったかっつーと、唐の力を借りて、
半島を統一した新羅が、今度は、唐の軍勢を半島から追い出しちゃった。

天武天皇はといえば、中国の皇帝と同格の天皇を名乗ることで、
唐との国交が途絶え、新羅経由で唐の文化を受け入れた、と。

大和政権と新羅の関係は、もはや、
もまえは、俺か?状態。笑


                            **


ま、考え方として、百済が滅亡して、
それまで倭地方の経営権を持っていた百済王族あたりが、倭に逃げてきた、と。

当然、経営権を把握してたんだから、倭には百済の軍事力とかもあったんでしょう。
多少なりとも。

その虎の子の兵力を動員して、百済vs唐・新羅戦争に乾坤一擲の大反撃を
企てたのが白村江の戦いとして、
ところが、結局、駄目。

で、そうこうしているうちに、百済、高句麗ともに新羅に滅ぼされて、
当然、新羅が本国百済が消滅した「倭地方」の経営権を獲りにやってくる。

そこには当然、すでに国を滅ぼされた百済からの亡命渡来人もたくさんいたわけです。
倭地方の統治権を持っていた百済系一族の天智天皇は、
やってきた新羅の将軍か、役人か分かりませんが、
そいつにヘーコラして、自分の娘を三人?四人?嫁がせた、と。

新羅のやつらも、長年地方豪族なんかとうまく付き合ってきた百済系を
うまく利用することで、統治権をうまく禅譲させようとした、と。

大和政権のハッキリとした律令制への移行意識も、
新羅の律令制への歩調と合わせてる部分もあったりしするんでしょう。

公地公民なんていう、地方豪族の反発を喰らうようなことは、
いきなり新参者には荷が重かったんでしょうなぁ。
それで、百済系もしばらくは利用価値があったんでしょう。

しかし、そいつが結局、天智亡き後、その王族を殺して軍事クーデター。
ついでに、本国新羅から独立。
それが天武天皇だった、と。

独立して、国の形をなすために、日本書紀を編纂したり、
天皇号を導入したり、まあ、形だけでも独立国家の体をなした、と。
それが、日本ですわな。

なーんて妄想どう?笑


                          **


結局は、持統天皇と、天智の息子ではないか?と言われる藤原不比等を介して
天智系が復活、
天武系は完全に途絶えてしまうわけだけれど‥。

にしても、天武系ってほとんど謀殺されちゃうんだよなぁ‥。

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あと、天智系は、血が濃すぎ。
もし、不比等が天智の息子なら、どんだけ血、濃いんですか。
(天智天皇が身ごもった自分の妻を鎌足に下賜?したかもしれないんだって。)

下手すりゃ2×2のインブリードじゃね?
そりゃ、安積に脚部不安が起こったり、文武みたいな気性難が生まれちゃうわけだ。
聖武は体質が弱かったみたいだし。

                          **


続く
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by hot_soul | 2008-01-13 22:44 | あてのない旅さ♪