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西の都の物語

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冬が始まるよ♪

流川通り

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別府の街は山と海に挟まれた2キロくらいの幅が横に広がっている街で、

その辺は神戸に非常に似ている。

戦略的な意味のある土地でもなく、歴史はそんなにない。

その辺も神戸に似ている。



流川通りの山側の突き当たりには楽天地がある。

楽天地から下っていくと、途中、小さな公衆浴場道の脇に備わっている。

公衆浴場は一ヶ月1000円ほどで、他に洗髪料500円払うと、髪も洗うことができる。

立ち寄りの人は、番台に100円玉を入れると入ることが出来る。

風呂屋の値段が450円、ちょっとしたスパなら3000円とられるこんな時代に、

一ヶ月1000円の定期券を買うだけで入り放題。



そこからもう少し通りに沿って下っていくと、ちょうど海との真ん中当たりに別府駅がある。

流川通りから別府駅への高架下には別府市場という昔ながらの市場が広がっており、

肉屋や魚屋、八百屋が昔の姿そのままに栄えている。

ああ、市場ってこんな感じなんだなぁ、と、不思議な気持ちになる。

この市場に限らず、流川通り沿いには、未だに個人商店が残っている。

栄えているのではなく、残っている、そう言うのが正しいだろう。



高架を超えると金色の大きな天女に出会う。

泉都葬祭場という葬祭場で、ここはずいぶんとはやっているようだ。

泉都葬祭場に隣接する大きな駐車場は、亀の井ホテルの駐車場で、

しかし、葬式が込むときは共用させて貰っているそうだ。

そんなやんわりとした共生関係がなんとなく好ましく感じる。



その前の大きなホテルが亀の井ホテルで、

かつて、大分に存在した亀の井グループの象徴だった。

亀の井グループといえば、初代・油屋熊八翁の名前がでる。

彼は日本初の観光バスを走らせ、別府を日本初の『観光地』としたり、

現在に残る温泉マークを発案したり、

日本の観光史のその出発点に存在する人で、

その末に西武・グループの堤氏や、

千と千尋の油屋やゆばぁばが連なっていると考えると、ちょっと面白い。

その亀の井グループも系列のバス外車は西鉄に吸収され、

グループの象徴であったホテルはジョイフルグループに吸収された。

その後、ジョイフルグループから離れ、ジョイフルの創始者がホテルを単独で経営している。

過度に装飾があるわけでもなく、かといってビジネスライクなホテルでもなく、

こざっぱりして、非常に使いやすいホテルだ。
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by hot_soul | 2008-08-16 13:49 | あてのない旅さ♪