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西の都の物語

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冬が始まるよ♪

<   2008年 01月 ( 20 )   > この月の画像一覧

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by hot_soul | 2008-01-29 02:14 | 夜の戯れ言
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by hot_soul | 2008-01-27 03:29 | 夜の戯れ言
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by hot_soul | 2008-01-26 00:00 | word2000の使い方
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                               **


週末に家をあけるってことは、「篤姫」とか「HEROS」を見逃すと言うことで、

しかも、今回月曜にかかったから「太王四神記」も見逃して、

しかも帰ってきてから、4時間くらいの「仏像100選」やら、

6時間以上ある「唐招提寺」のビデオを見たりしていると、

キャッチアップできなくなって、さらに1週分「篤姫」やら「HEROS」やら、

「太王四神記」やらをビデオにためて、

そのうち「正倉院」(4時間)のビデオなんか図書館で借りてきたもんだから、

もう、なにがなにやら、てんやわんや。

写経は一枚1時間くらいかかるしさぁ。

おかげで、「鞍馬天狗」と「ちりとてちん」からは脱落ですわ。

しかし、その長き戦いの日々も、今日、終わる‥。


                           **


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鐘楼から歩いていくと、すぐに、
あきらかにスケール感を間違った建物が。


                           **


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やはり、何か間違ってます。

ハイリホー

                           **


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んー?んー?んー?
なーんか見覚えあるアルよ。

やっぱ、20年振りじゃないよ、ここ。
なーんか覚えがあるもん。

確か、布袋が東大寺で演奏した翌年来てるよ、DAI。
ってことは、95年だ・・・?

えー、なんで来たんだっ

あ!

思い出した!

修学旅行の付き添いで来たんだ!!
オウフ。

雨の中、京都でバスを追いかけ回した記憶ばっかり強くて忘れていたよ。
あん時、奈良にも来たっけねぇ。


しっかし、まじ、でかいな、ココ。
もう、ほんっと、素敵♪
でかいことはいいことだ♪


                           **


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ちなみに、DAI、この昭和55年の昭和大修理落慶法要の翌日来たんだよね。
なーんか、まだ寺の中にすっごい色んな紙とか残ってたっけねぇ。
それ、強烈に覚えてる。


                           **


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戒壇堂


さて、じょじょに老人のgdgd感が旅程に影響してまいりました。
時刻は3時半。

時間的には、興福寺までかるーく散歩して、
駅まで出るだけの余裕はあるのですが、
団体行動では無理しないのがDAIのポリシー。

そろそろ引き上げますか。
というわけで、南大門の仁王様に挨拶して、近鉄奈良駅へ。


すこーし早い夕ご飯を、駅前のカプリチョーザで食べて、
ノラクラと過ごし、
6時のリムジンバスで関西国際空港へ。

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県庁勤めのガーキーは元気かいな


バスはまったくがら空きだったから、予約するまでもなかったみたい。
ま、一応、念を入れて予約しておきまんた。
電話&全国のコンビニでの支払いでオッケー。
本当、便利な世の中じゃのぅ。


電車より、ほんのちょっとだけお高目だけど、
(バス1800円 JR1660円)
旅行の荷物を抱えてる時は、乗り換えなんかある電車より、
絶対リムジンバスがすすめ。

目的地まで荷物は入れっぱだわ、ぐっすり眠れるわで、これ最高♪
こういうダメージが翌日に残るか残らないかって、社会人的にでかいんだよね。


                           **


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そういや、関西国際空港って二度目だねぇ。
1度目は 空港が出来た年にませちゃんと来たっけ。
すっごい見たがってたんだよな、ませちゃん。
空港の何が見たかったんだろ。

つか、その後、DAI、ませちゃんと付き合ったんだっけね。
忘れてたよ。


つかさ、この空港って、上海空港と似てるってレベルじゃねーぞー?
と、思って調べてみたら、

設計は関西国際空港と同じAeroport de paris (パリ空港社APD)である。
構造もほぼ同じで関西のチーフ設計者Paul Andreu氏が提案した
サンドウィッチ構造が運用されている。

あ、そーですか。
そうですよね。


                            **


編集後記

いや、しんどー。
簡潔なネタほど、ディープな下調べw

え?こんなgdgdな終わりでいいのかって?
終わりましょうよ、そろそろ。
DAI、gdgd感って割と平気だし。

もう、まじで、分かりません。
古代のこと。
古代進なら、ついさっき、ドメル艦隊とやりあってたけどな。


あ、そうだ、この前、阿志岐で見かけた彼女に聞いてみようかな。
古代のこと。
きっと、何か教えてくれるはず。













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ちゃねらー登場 2ちゃんねらーとは別種

はは、さすがは、邪馬台国伝説の本場。
今でも、シャーマン現役。





ま、そんなわけで、今回の奈良紀行はこの辺で。

ふふ、でも、すっごい充実してたねぇ、今回の旅。

次はどこに行くか分からないけれど、

渡っていく風に身を任せて、

まだ見ぬ街や人、去りゆく記憶を愛おしみながら、

光あるものを捜しに行きますか♪
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by hot_soul | 2008-01-25 12:12 | あてのない旅さ♪
今回の旅行、実は、のっけから大失態。

カメラを忘れましたー。

昼間に動くことの多い旅は CASIO EXILIM Z57 の超バッテリー。
夜、夕方に移動の多い旅なら手ぶれ補正のついた PowerShot S2IS。
お散歩カメラは、小さくてかさばらない Cyber-Shot U-20。

OLYMPUS E500 って案外持ち歩かないんだよね。
一眼はまだまだ、気後れしちゃう。

そのどれ一つかばんの中になかったときの焦りと言ったら。


                           **


つか、なに、この EXILIM EX-F1 って??
化け物??
(いや、エクシリムってどういうつづりだっけ?と樫尾のサイト覗いたんだけどね)

いや、なんだかんだで、EXILIMシリーズって、カメラどうこうより、
もう、色んな意味でカメラを越えた記録媒体としてすごいなぁ、
と、思うことが多いんだけれど。
バッテリーの持ちとかすさまじいし。

これは、もう、ちょっと凄すぎるねぇ。
なに、この 60コマ/1秒 って。

初代EXILIMとライバル関係だった、Uシリーズは2年でラインから消えたのにねぇ。

これだと、Jのフラッシュピストンマッハパンチ(10発/1秒 0.1)はもとより、
志那虎のスペシャルローリングサンダー(5発/0.1秒 0.02)も、
ばっちり写せんじゃん
!?

これがあったら、ドイツJr. の分析もバッチリすすむね。
ヘルガ大喜び。


                              **


ま、そんなわけで、今回、しまったなぁ、と思いつつ、
こんな時こそ、携帯の写真機能でつよ。

と、携帯で写真撮りまくったんですが、つらい。
正直、辛かったっす。

シャッターのタイミングがちょっとズレるし、
枚数が多くなると、メモリに保存するのが、ものっすごく遅くなるのね。

こりゃ、いくらメモリを大容量にしても、意味がないねぇ。
だって、そんなにたくさん撮ろうって気にならないもの。

やっぱ、あれかね、携帯の写真は写メール用かな。
写メールで花の写真なんかを送ってたころが、一番携帯の写真を使ってたな。


                           **


ここで一句。
「この回で 終わるといいな 奈良紀行」

いや、なんでもありません。
さぁ、続き、いきましょう。


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手向山八幡

さあ、やって来ました、手向山八幡宮。
ついに、我らが「宇佐八幡宮」の登場です。
ここはね、ちょっと興味あったんだよねぇ。

その前に、八幡信仰とは何か?という話。
軽くいっとく?


                            **


宇佐のある豊前の地は、海流の関係もあって、
古代から半島とは密接な関係を築いていた、と。

そこには、海氏や宇佐氏などの豪族が居着きました、と。

やがて、三角池の霊をまつった海氏の大貞神や、
馬城峯の巨石をまつる宇佐氏の祖神が次第に統合され、
豊前国の南半を支配する宇佐神の信仰を形成していった、と。

一方、4,5世紀に朝鮮半島から豊前国北半に
新羅系シャーマンを中心とする、辛島氏が進出してきた、と。
辛島氏は香春岳の銅山採掘をおこなってりしていたが、
やがて、宇佐神信仰圏へ勢力を伸ばしていった、と。

やがて、宇佐神信仰新羅系シャーマン信仰が統合していき、
八幡神の初期形態が整っていった、と。


はは、よー分からんけど、ゴテンクスみたいなもんか。


もともと、新羅系シャーマン信仰や、百済系の信仰には
仏教や陰陽道の色彩が入っており、
それが土俗信仰と統合されることで、
仏教臭の強い、独特の信仰に発展していった、と。


それで、北部九州地方に強い勢力圏を築いていた宇佐に、
中央から、大神比義(おおみわなみよし)が送り込まれた、と。
ここで、宇佐は大神神社とつながりが出てくる、と。
これが、6世紀後半の頃の話。
ちょうど、西国さんが大神神社に行って来られた、とか。^^


で、この前後、6世紀末から、7世紀にかけて、
宇佐神宮の周りには、法鏡寺、虚空蔵寺、相原廃寺、垂水廃寺、
などの神宮寺が次々と建立されていった、と。

つか、こう考えると、宇佐って仏教系じゃねーの?
という、気がしないでもない。
つーか、その陰陽道なのか、仏道なのかよー分からん怪しさって、アレだよね。


                          **


そうそう、で、その宇佐八幡宮がなんで、手向山に祭られているかというと、
東大寺建立にふかーい関わりがある、と。

当時、天然痘が流行ったり、度重なる遷都、
新たに導入された律令制が、民草を非常に苦しめていました、と。
当然、地方豪族もおいおいおい、ってな状態。

そこに来て、超巨大プロジェクト、大仏建立なんて聖武天皇が言いだしたものだから、
結構、ブーイングの嵐だった、と。

で、大仏がつくりたいよーん、とわがままを通したい天皇としては、
伊勢神宮やら、宇佐八幡にお伺いを立ててみた、と。

したら、宇佐八幡宮から、
諸神を率いて、大仏建立を成功させよう、とのご託宣が出たといって、
宇佐八幡という権威が、大仏建立にお墨付きを与えたわけだ。

天皇は、よっしゃよっしゃ、でかいん建てたんでー。
ってな感じ。
で、朝廷は口裏あわせてくれてありがとん♪ とばかりに、
宇佐から八幡神を請来した、と。
これが、手向山八幡宮というわけ。

うわ、宇佐八幡、世渡り上手♪

これで、巫尼 大神杜女は従四位下、主神司 大神田麻呂は従五位を授けられた、

んだけれど、大仏が無事建立されると、用済みとばかりに、
杜女、田麻呂 ともに恩賞を取り上げられたばかりか、
流罪に処されてしまったわけだ。
ついでに、八幡神に封じられた莫大な田畑も朝廷に回収された、と。

朝廷、えげつなっ!


この後、朝廷から送り込まれていた大神閥が去った宇佐八幡では、
辛島氏、宇佐氏が実権を取り戻したり、と、
なにやら、もう、神様もあきれるような生臭い話が続いて、
その果てに、道鏡の話が出てくる、と。

以上。

付け加えると、道鏡事件で、辛島氏と宇佐氏はせっかく復活したのにすかさず失脚。
大神氏の杜女、田麻呂が復活してたりするんだ、これが。

道鏡をはずして考えると、宇佐内部での 新羅系 vs 大神系

ってな感じのラインでしょうか。
でも、今はスルー。


                           **


うーん、八幡宮の成り立ちとかはなんとなーく分かった気になるけれど、
結局、なんで、宇佐八幡がここまで朝廷に影響力があったかは分からない‥。
なんでだ?

ま、古代史散策はこれくらいにして、
奈良散策に戻らねば。


                           **


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法華堂

ここ何かあんの?

と、お堂の前で暴言を吐いていると、
階段にちょこんと座って折られた初老のガイドの方が、

仏様が14体おらっしゃるよ。あっちはでかいの一体だけやけど、
14体も見られるから、見ていかないかんで。

と、教えてくれたので、ほほーっ、それは入らなな、と入ってみて、
自身の不勉強を恥じ入りました。

ご本尊は不空絹索観音様。
ああ、これね、見たことあるある。

えーっと、確か、絹索で煩悩を縛り付けて、
あわせた手の中にある玉からビームを出すとかなんとか。


・・・・・・・・テリーマン+ウルトラマン?

そういやテリーマン、アシュラマンと戦ってたしな。
二度も。



それにしても、奈良の仏様のなんと肉感たっぷりなことか。
仏師達は何を思って彫ったんだろうねぇ…。

目をつぶると、天平のざわめきが聞こえてくるじゃない。
って、団体客が入ってきただけですか。
そーですか。


                            **


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二月堂

東大寺は、法華堂、東大寺、戒壇院と500円ずつとるのに、
なぜか二月堂は拝観料フリーなのね。

お財布に優しいですな。

が、活きのよかった老人も、さすがに二月堂の階段でばて気味です。
そろそろ限界かな。

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ふ、と眼下に広がる風景。
ああ、この風景…。

金山寺のお塔から見た風景…。

ブラック、元気かな。

そういや、あの塔でブラックの留学話とか聞いたっけ。

でも、ちょっと違う。

もっと前…。

六溶寺?

いや、それも違うか。

あそこはもっとゴミゴミしていて、生活感があふれていて、そんな風景だったけ。

あれ?

あそこ。

あの路。

なんだっけ?

ざわめく通り。

路の途中にある小学校。

亀ゼリー。

西国さんと食べた。

肌にいいんですよって笑ってる。

ほら、あの路。

だめだ、名前が出てこない‥。


去りゆく記憶、か。
ふふ、ま、無理して思い出さなくてもいっか。


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DAIは祈らない。
今も昔も変わらぬ姿。

でも。
祈りに身を捧げる人達を守りたい、とは、思う。

今も昔も。

なんてね。
クスクス


                            **


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鐘楼

えーっと、上手く鐘が写ってないんですが、人が写りこんでいるのでこの写真。
分かります?
左下の方の人。


フ、フ、フ、フハハハハハハ!!
人がゴミのようだ!!


って、思わずムスカりたくなるほど、でかいんです。
マジででかいの。
びっくったー。
























‥あ、朝天路だ。

ムスカってたら、急に思い出しちゃったよ。
本当、人の記憶ってどういうスイッチで思い出すんだろ。
不思議。
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by hot_soul | 2008-01-22 23:57 | あてのない旅さ♪
街道てくてく旅の時間でつよ。

四元カワユスナ。
でも、ぶっちゃけユニは無理目でつな。
足の怪我、心配ですな。


ふふ、なめるなよ。
DAIを「中国鉄道大紀行」だけの男と思ったか。
四元の「街道てくてく旅」こそ本命よっ!

と、無理目にテンション上げて、奈良紀行4。

しかし、四元、そのコスユニで卓球ファンは増えるかも知れないが、
四元ファンは確実に減ると思うぞ。


                           **


さて、新薬師寺まで思った以上にすんなりまわれました。
実は、
前日、USJで孫に振り回されて疲れ切った老人
との散策を予定していたため、DAIの旅程はこの辺どまり。

後はオプション扱いです。

でも、USJで、無理に色んなアトラクションに並ばず、
オズの劇やらなにやらで、前日ゆたーりまわったもんだから、
老人、思った以上に活きが良いっす。

姪っ子も「抱っこ~」の年じゃなくなったしね。
なら、いっちょ春日大社へまわってみますか。


というところで、実は、DAI、大失態。
新薬師寺から、春日大社まで歩いてちょっとなんだよね。

でも、新薬師寺から春日大社までの2倍の距離を破石町まで戻って、
で、バスで、ちょっとの距離を1駅分だけ平行移動して、
で、もう一度、2倍の距離の参道を歩いちゃいました。

長方形を想像して下さい。

ははっ、フリーチケットの元を取ることにこだわり過ぎてしまった。
貧乏性よのぅ。
貧すれば鈍するの見本だな。

では、てくてくと、奈良路散策へGO!


                            **


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あ、この風景知ってる‥。
ここ、知ってる‥。


小さな男の子が灯籠がいっぱいある苔むす石段を下りている。

後ろから、両親と、ハンチング帽を被ったじいちゃん。

国文学者だったじいちゃんが、博多から遊びに来ていた。

万葉植物園に行ったんだ。

あれ?じいちゃんの胸にカメラがぶら下がってる。

このカメラ、知ってる。

OLYMPUS 35DCだ‥。

ああ、そうか、あのカメラはあの時じいちゃんがぶら下げていたカメラだ。



ここ、昔、博多のじいちゃんと来た場所だ。
あ、きっと今漏れた笑みは、
「プロヴァンスの贈り物」のラッセル・クロウの笑みと同じだね。


ほんっと、人間の記憶って、不思議。
本当に、不思議。


                           **


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春日大社 HP

第一殿 茨城県の鹿島神宮から迎えられた武甕槌命(タケミカヅチのミコト)、第二殿千葉県の香取神宮から迎えられた経津主命(フツヌシのミコト)、第三殿 天児屋根命(アメノコヤネのミコト)と第四殿比売神(ヒメガミ)は大阪府枚岡(ひらおか)神社から、それぞれ春日の地に迎えて祀られている


この辺が非常に興味深いんだよね。
「常陸風土記」には、
704年国司采女朝臣が、鍛冶佐備え太麻呂などを率い、
若松浜の鉄で剣を造った記述があるし、

「鹿島神宮略記」によれば、
神武東征の時、難戦したときに、熊野高倉下命が、
武甕槌神のフツ霊剣を献上し、
その鉄剣により、神武は本邦統一を果たした、となるわけで。

鹿島から、九十九里、千葉の我孫子辺りは、昔から鉄治が盛んだったという話。
元々、我孫子という地名も、旧河内丹南郡の地名が移植されたもの、
という説もあるらしい。

茨城県国造初祖 天津多祇許呂命
許呂=鉄


もうちょっとだけえぐってみよう。


タケミカヅチは国譲り神話の中で、出雲のタケミナカタと力比べをし圧勝。
タケミナカタを諏訪へ追いやった。これが諏訪大社になった、と。

フツヌシを祭る香取神社と鹿島神宮は深い関わりがありながら、
国譲り神話の主役はタケミカヅチ。
ただし、東国ではフツヌシの人気が高く、香取信仰へと繋がる。


で、この鹿島、香取の地は中臣、藤原氏とつながりが深く、
元々、中臣氏は河内の出だ、と。

枚岡神社のアメコヤネノミコトは、天の岩戸神話で太祝詞をあげた神様で、
中臣、藤原氏の祖神。
アマコヤネノミコトに取り払われた天野岩戸は、諏訪まで飛んでいった、と。

出雲 神庭荒神谷遺跡 銅器

出雲と宗像の結びつき 百済 銅器 神功≒斉明

出雲と蘇我氏の結びつき

ああ、そうそう、それから諏訪と言えば善光寺。
善光寺の縁起って、蘇我と物部が仏教戦争してたとき、
物部が難波に捨てた仏像を拾い上げて、善光寺に持っていったとかだっけ。
やべっ、普通に、蘇我と諏訪あたりのつながりが出てきちゃったよ。

法隆寺 唐招提寺 の鉄釘は極めて良質 鍛造

天平時代に、銅製武器が姿を消す


はは、さすがにこれだけピースを並べると、見えてくるラインがありそうだね。


                          **


キュピーン

来てます!来てます!!

降りてきた!!

カシャカシャカシャカシャカシャ

チーン



つまりはだ、DAIの第六感と、緻密な時代考証を重ねた攻撃性のある、
常に攻めの姿勢を忘れない思考法によるとっ!!

この春日大社に隠された歴史はっ!!

河内の豪族、中臣氏が南関東に進出し、その南関東の豊富な鉄を背景に、
それまで朝廷を牛耳っていた、出雲系・蘇我氏を討伐した
ということに他ならないっ!!!

そして、都を追われた蘇我氏の一部は、
もう一つの支持母体、諏訪地方へ落ちていった、と。










って、あれ?














はいはいはーい!!先生!!
中臣氏が蘇我氏を滅ぼしたのって、小学校の授業でならいました!!








orz オウ

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                             **


では、春日大社を後にして、てくてくてくてく歩いて行きまーす。

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う、でたな、トラップ。

そう、りささんのところで出ていた、甘酒。
りささんとはコースが違うので、同じ店は行けないんだけれど、甘酒は飲みたい。
一杯450円でも飲みたい。

えーっと、つかさ、甘酒一杯450円って値段的にどうなの?
普通?もしかして?
DAIが、太宰府にいるから感覚がおかしくなった?

いや、DAI的に太宰府でお茶といったら、
松島茶店で、梅ヶ枝餅105円×2=210円で、
玄米茶飲み放題ってイメージなんだけれど‥。
へたしたら、梅ヶ枝餅一個105円しか頼まないし。
ちなみに、間違えても抹茶セットは頼まない。
なんつーの?ケンタで、フライドチキン単品で頼むようなもん?

とか、思ってたのだけれど、凍えた体に、甘くてあったかーい甘酒は最高♪
450円も全然いいね。
オッケーだね。
しかし、あと100円だせば新薬師寺でゆばそうめん食べられるんだよな。

ウフーフ♪ 奈良で甘酒を楽しむなら、絶対、この季節がおすすめ♪


                             **


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そうそう、今、どこにむかってるのかというと、とりあえず、春日大社から、二月堂。
とか、法華堂?
とか言う辺り。

なーんか名前は聞いたことあんだよねー。

って、なーんか、甘酒飲んで、腹もふくれてあったかくて眠くなんかないぞ‥。

と、何?この門前町?
まじものの手裏剣とか売ってるし。
ちょ、欲しいんだけど。
つか、銃刀法とかどうなの?これ?

と、階段を上ったら、そこは、若草山だった。

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つかね、どうもね、若草山の山焼きの当日だったみたい。
知らなかった。

エヘ。

つか、家に帰ってから当日だったこと知ったよ。

テヘ。

ドンマイ、自分。


                              **


っていうか、ああ、そうかぁ。
階段上がって、妙にお店が並んでるナァ、と地図を見て思ってたけど。
ここかぁ。

突然、目の前に広がる風の通り道。
見知らぬ街をさまようとき、ふ、と立ち止まる風の吹く小径。

それは「飛ぶ船」を売る店のようなもので、
二度と出会うことはない風の道、なんだけどねぇ。
たまにあるんだ、こういうことが。


小学生の時、そこのお店で買ったよ。

仁王像とか、鹿の壁掛けとか、大仏の置物とか。

今でも部屋に飾ってあるもん。

そうそう、この山の上で自由時間だったんだよね。

ああ、そうそう。

隣に座ってるのは、ふ?藤、藤川、くん?

ちがう、もっと親しいあだ名があった。

たー君?

そう、たー君だ。

藤川たー君。

隣は、新開君か。

あ、たー君が石を転がした。

下にいる上八万小のやつらにあたった。

にらんでる、にらんでる。

たー君、焦ってる、焦ってる。



ねぇ、鹿さん。
人はどうして色んなことを忘れているんだろうねぇ。
そして、どうして思い出すんだろうねぇ。

ふふ、不思議、不思議。


                           **


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若草山の前を過ぎて、手向山八幡の入り口にある「古梅園」さん。
「古梅園」の名前は知らなくても、もしかしたら「紅花墨」には見覚えがあるかも?

とにもかくにも、本能寺の変の5年前からあるという、
The 墨屋 !

このお店には市場に出回っていない、ここだけのお買い得品も数品有。
前を通ったら、是非、寄ってみるのが吉。

なかでも、菜種油煙を使った「にぎり墨」はお買い得中のお買い得、2100円。
中身はいいもの使ってるんだけど、型に嵌めず、職人さんが握っただけ。
だから、指の形が付いてます。笑
でも、すっちゃえば一緒だしね。

DAIは「にぎり墨」(2100円)と「青磁の小さな水差し」(420円)を購入。

ええ、もちろん、写経のためですよ。
ちゃんと続けてますから。
イメージ的には、日本にかぶれたギース、みたいなノリで。

まぁーかーはにゃーはらーみたー♪
御仏の心のままに。爆



→to be continued 奈良紀行5
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by hot_soul | 2008-01-22 00:34 | あてのない旅さ♪
さて、薬師寺東口のバス停から、今度は一路、近鉄奈良駅へむかいます。

次の目的地は「新薬師寺」なのですが、その前にちらっと近鉄奈良駅へ寄り道。
目的は‥

柿の葉すし 本舗 田中 地図

時間があんまり読めないので、道すがら、柿の葉すしでもほおばろうかな?と。
春日公園で食べてもいいし。
でも、あっこって、鹿の糞だらけなんだっけ??笑

本当は、西国さんとこのブログに載ってたおいしそうなお店に興味があったんだけど、
移動の時間が早かったんだよね。
近鉄奈良駅に着いたのが、11時前くらいで。


                            **


せっかくなので、近鉄奈良駅付近も散策。

つか、駅前のビルって近鉄デパートじゃないのね。
知らなかった‥。


小さい頃、近鉄百貨店が枚方にあって、ちょうどその頃近鉄がリーグ優勝してねぇ。
その時、百貨店が子ども相手に優勝記念の画用紙を無料で配ってたんだよね。
バフィー坊やが表紙の。
その画用紙が嬉しくてねぇ。
幼稚園かな?小学校1年かな?ちょうどそれくらい。
DAIが近鉄ファンだったのは、その1冊の画用紙への義理立てだったんだよね‥。
懐かしい。

大学の頃、吉祥寺の近鉄百貨店にバファローズグッズを買いに行ったら、
あまりの売り場の小ささに驚いたっけ。
ほんっとに、ちょびーっとしかないの。
売り場が。
阪神百貨店の阪神グッズ売り場とか知ってたから、もう、驚いた驚いた。

そういや、一瞬付き合った女の子が、
吉祥寺の近鉄百貨店のお寿司屋でバイトしてたな‥。
あの頃は、女の子相手にひどい付き合い方してたっけねぇ‥。
忘れたい過去だな。苦笑
そんな吉祥寺の近鉄百貨店も、もうないんだよねぇ‥。
時は移るね。


あれ?奈良ってのは、近鉄駅が栄えてるわけじゃないの?
と、思って、地元のおばちゃんに、ここはデパートじゃないんですか?
と、尋ねたら、
丁寧に、奈良は西大寺の方が栄えてることを教えて下さいました。
し、知らなかった。

いや、それにしても、奈良の人はみんな親切で、ありがたいことです。

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小西さくら通りを歩いていると、大きなお豆さんが。
うーん、どうするんだろう。謎。


                            **


さて、810円のフリーチケットを買ってしまったからには、
あと、2回はバスに乗らないと元が取れません。
*薬師寺-JR奈良、近鉄奈良間は確か240円


てなわけで、今回は破石町までバスに乗って、
志賀直哉邸、新薬師寺を回った後、春日大社、東大寺へとむかいましょう。

本当は、奈良はそんなに広くないから、歩いて散策もできる距離ではあるんですが。
春日公園を歩くのもおつなんで、
フリーチケットを買うか買わないかは微妙なところ。
今回は、老人?を一人連れていたので、まあ、ゆったりプランでバスを多用しました。


まず、近鉄奈良の1番乗り場から、市内循環バスで破石町へ。

しかし、本当に最近はWEBのおかげで、旅の下調べがしやすくなったねぇ‥。
ある程度下準備しておくと、本当に楽に回れるよね。


                            **


破石町まではバスで7分くらい。
本当に歩ける距離なんだけどね。

破石町から、新薬師寺まではゆるやかな坂。
途中、ちょっと裏道に入ると、「小僧の神様」で有名な旧志賀直哉邸。

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この前、1月のおすすめ図書で、「絵本からうまれたおいしいレシピ」
を紹介したけれど、小僧の神様のお鮨も相当憧れるよね。

鮨の趣味は握るそばから、手掴みで食う屋台の鮨でなければ解らない

ウヒャー!食べたーい!

そういや、小僧の神様と同じ様なコンセプトの南米文学の話があったな。
木と話す少年の話。
名前も忘れて、あの時点で絶版だったように思うし、作者も忘れたし。
うーん、あれはなんていう物語だったんだろう。
貧乏な少年を助けていた金持ちが、最後は列車事故に遭う、というような。
ま、いっか。

あの小僧が、誰とは分からないあしながおじさんのおかげで、
四銭だと思っていたけれど、六銭で食べられなかったお鮨を
食べ放題になったにもかかわらず、
つけあがるのが怖くて、一度しか行かなかった、って、あそこがなんともいいよねぇ。

うんうん、子どもには、やっぱり優しくしないとね。


                             **


で、旧志賀直哉邸から新薬師寺にむかって歩いていると、
なぜか、パラソル付きのベンチが。

むー、周りに、お店も見えないし、ちょっと座らせて頂きますか。
脂ののった鮪のお鮨じゃないけれど、
ちょうど、柿の葉すしも持ってるし。
少し早いけれど、お昼にしましょう。







って、なんか‥







視線を感じる








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見てるよ、見てるよー





出たっ!!




そして、






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増えた!!



将軍。
我々は、もっとも忘れてはいけない敵を忘れていたようですな。


                             **


さあ、新薬師寺に向かいましょう。
って、途中、またもトラップにひっかかってしまいました。

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ほうじ茶の「百々屋」さん。

ほうじ茶は、茶をほうじることで、タンニンなどの苦味成分を壊して、
カフェインも少なくなるので、お腹にも優しいんだって。
ほー、知らなかった。

そういや、昔、美味しんぼで、山岡さんって、ほうじ茶を作ってたよーな??

ほうじ茶で作る、茶がゆは大和古来の伝承の味だとか。
昔はこの「百々屋」さんでも茶粥をだしてたんだとか。
今は、基本的にほうじ茶の販売がメインみたい。

へー、茶粥って知らなかった。
食べてみたーい。


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百々屋さんの小径に置かれたまつぼっくりの蛇


                            **


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伐折羅


ぎゃぼーっ!!

カッコヨス!!
メチャクチャカッコヨス!!
ゲロカッコヨス!!

この色づいた伐折羅天見てから、もう、鼻血ブーッ!

とにかく、もう、この伐折羅天を見たくて見たくて仕方なかったんよね。

というわけで、
新薬師寺 HP

ですよ

バザラ


先の百々屋から歩くこと3分ほど。
奈良のちょっとはずれに、新薬師寺はあります。

新薬師寺は、聖武天皇の病気平癒を願って、光明皇后が747年に建てたもの。
新の字は「新しい」ではなく、霊験あらたかなお薬師様、という意味だそうな。

薬師寺が平城京に移されたのが718年
太宰府の観世音寺が746年
で、新薬師寺が747年ですか。

ちなみに、下野薬師は、と、建立の年は分からないのか‥。
って、下野市の道の駅基本構想案では、
下野薬師に戒壇院が置かれたのが天武年間になてるよ。
さすがに、天武年間に戒壇院はないだろ。藁

この辺はどうだっけな、確か、光明子が藤原moneyを受け継いで、
それで建築ラッシュなんだっけな?
で、この2年後の749年に、寺社の持ち分の上限が決まる、と。

法隆寺、新薬師寺、観世音寺、下野薬師あたりは、上から2~3番目くらいだった希ガス。
つか、観世音寺が、法隆寺あたりと同クラス扱いっつーのが、ね。
重要だと分かっていても、今の観世音寺からは、ち、と想像つかないっていうか。
やっぱ、奈良に行くべきだよなぁ。
行って良かった。


                             **


新薬師寺も、今は、ひっそりとしたお寺さん。
お食事も、ゆばそうめん550円(冬)なんて、なんってリーズナブル。
こういう、あんまり儲け主義に走らないお寺さんって素敵♪
信者と書いて、儲けると読む、なんて俗なことは今回は封印で。

そんなひっそりとした、新薬師寺の講堂の中に、ありました!
お目当ての十二神将!

すっげ!十二神将すっげ!
孔雀王では瞬殺されてたがな。

めちゃまちょでポージング決めまくり。
まじで今にも動き出しそう。

うっすらと乗った絵の具がまたなんともはや。


リピート
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いや、コレはCGなんですけどね。
こんなんが十二並んで、真ん中に金色の薬師如来像がドーン!
そりゃ、病も治る気がするわ。
病は気から。

講堂では、数年前のCGで色づける番組を延々と流してました。
2度も見ちゃったよ。
30分×2=1時間


で、この番組もレポーターは「はな」だったのね。
DAIは、案外、この「はな」さんの仏像レポートが好きで、
確かに、仏像の知識も豊富なんだけど、
なんていうか、小さい頃から生活の中で仏像と触れ合ってました、っていう、
そういう無理のなさが好きなんだよね。

後付けの知識って、やっぱり無理があるなぁ、と思ったりするわけで。

なんつーか、昨今、急激にパリーグを知ったかしだしたセリーグファンの語る
パリーグ話に通じるって言うか。

後、ここ数年のサカヲタのサッカー話っていうかね。
妙に過去のB+くらいの選手の話をしたがっちゃうというか。
ちょいバランスの悪い語り口っていうか。

「はな」さんっていうのは、その辺のバランスが非常によくて聞いていて、
こっぱずかしくなる感覚がないのが、非常に好印象♪


                           **


というわけで。
やっと、新薬師寺まで終わりマンタなぁ。

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おっさんは、はよかえれ、かえれー


思い起こせば、7年前、旅サイト?的に始まった「windy alley」。
多分、ここが元々、旅系だと覚えてる人はほとんどいないはず。笑

ほら、ここの初代から変わらないキャッチコピー
「見知らぬ街を彷徨うとき、ふ、と立ち止まる風の通り道」
これだし。爆

今回、ひっさしぶりにまともに紀行文やってますな。

まるで、久しぶりにキャメルクラッチを決めるラーメンマンのようだな。


もう少しだけ続くのじゃ。(≒亀仙人的に、あと倍は続きますよ、という意味。
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by hot_soul | 2008-01-20 22:12 | あてのない旅さ♪
さて、妄想が長くなってしまったので、ページを変えて。

唐招提寺から、なんとも気持ちの良い一本道を歩いていくと、薬師寺。

薬師寺HP

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素敵♪

何が素敵かって、薬師寺の色!

旅行記の度に言ってる気がするんだけれど、
DAI、なーんか、金箔が剥げ落ちて、すすにまみれて、
色の褪せた、白黒灰色の日本の寺院って、今ひとつ分からないんだよね。

なんていうか、当時の人が、仏像見て、ヘヘーッってなったイメージがないというか。
極彩色の仏殿に、キンキラキンの仏像が輝いて、

OH!GOKURAKU!!

って、感じを体感したいじゃない。
この前行った、中国のお寺さんなんかは、やっぱりまだ極彩色な感じで、
お参りに来る人も、なーんか、えらいエネルギッシュでさ。

日本のお寺さんって、しーんと静まりかえって、

ゴーン

チーン

まかはにゃはらみたー

ポクポクポク

しーん

なむー

‥・‥‥‥‥‥



じゃない。

ま、いーんだけど、もう少し、こう、仏教伝来の頃のワクワク感っつーか、
ドキドキ感っつーか、そういうの感じたいじゃない。

ま、そんなわけで、数年前、伐折羅天をCGで色づけてた
新薬師寺をまわりたかったんだけど、
薬師寺、リアルで極彩色だし。笑

あれ?多分、シルクロード博の後、どっかで一度奈良に来たとき、
薬師寺にきたんだけど、こんなじゃなかったよーな??

でも、素敵♪
これこれ、こういうの見たかったんだよ♪

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                            **


ちょうど、吉祥天女画像を公開していたのでラッキー♪
(1月1日-1月15日 公開)

いやー、なんかすごいねぇ。
これ、描いた人が1200年以上前にいたわけだ。

どういう気持ちで描いたんだろうねぇ…。
どういう吐息で描いたんだろうねぇ…。
どんな筆遣いで色を塗ったんだろうねぇ…。

なんて生々しいんだろう。
1200年の時間が一片に飛んじゃうよ。

天平のざわめき。
変わらぬ空気の冷たさ。
空の色。

そう、1200年前も、この鮮やかさがあったんだよね。
この鮮やかさに胸を躍らせ、祈りを捧げ、
多分、神も仏も、今よりもっと身近に感じて、
今と同じように喜怒哀楽の生活があって…。


                             **


東堂院の聖観音に四天王。
え?こんなに間近で見ていいの?いや、拝ませて頂いていいの?
っていうくらい、間近で見られるんだね。

京都あたりで、奥ーの方に秘仏扱いで引っ込んで、
えー、見えませーん、見えませーん、出てきてくださーい。
出てきてくださーい。
と、言いたくなる仏様とはちと違う。

なんつーぞんざいな。
でも、そのぞんざいさが、生々しい感覚として肌に伝わってくるというか。

四天王さんには、今も、うっすらと色がのっていて、
それがまたすげー。

なんといっても、聖観音、それから、日光月光菩薩のたおやかな背中のライン。
この肉感が、ほんっとにすげー。


よく宗教関係の偶像なんかが、時代が経つにつれ肉感がなくなるじゃない。
神や仏には人間的な肉感は必要なくて、より抽象的なうんちゃらかんちゃらって、
うんちくがついたりする変化。

でも、DAIに言わせると、え?それって技術力の低下じゃねーの?
みたいな部分があんだよね。
技術力と、人間の慈しむ眼差しの喪失。

人間を慈しむための神や仏に目を奪われて、
当の人間から目をそらしてるっつーかさ。
そういうのが、どーもね。
本末転倒に感じるときってあるんだよね。

でも、薬師寺の仏像には、まだ、人間への眼差しが向けられていた匂いがあるというか。
そういう肉感的な部分が、非常に好ましいというか。


                          **


なんていうかなぁ‥。
最近だと、野球界のステロイド問題とかあるじゃない。

もともとなんでステロイドが駄目かっつーと、
長期使用すると、選手の肉体に悪影響があるからで、
そうやって一律、使用をやめようよ、というところで、
それでもやる人がいるから罰則規定なんかがあるわけで。
まあ、出発点は選手を守ることだと思うんだよね。

ところが、ステロイド問題とかニュースとして食いつきがいいから、
ステロイドを使ったとされる選手達が、
マスコミやらなにやらの食い物にされて、責め立てられる。

でもさ、ステロイドを使っちゃいけないっていうのは、
元々選手を守るための規定じゃない。
選手を責めるための規定じゃないじゃない。

だからね、ステロイド問題で選手を攻め立てる姿勢っていうのは、
なんだか違うくねーかー?
と思わないでもないんだよね。

当事者同士でさ、お前、それやったら卑怯やろ!とか言うのはいいと思うの。
でも、外野はあくまで選手を守るためにステロイドの話をするべきじゃない。
なんつーか、それを品性下劣な責め立て方するってのはどーもねぇ‥。

ただ、ステロイドを使ったとされる選手を、
無条件で、使ってねーよな!!と信じる態度もどうだろう?とは思う。
それで、本当に選手を守れるのかどうか。


ま、ちょっと、野球話が長くなったけど、
そういう眼差しの変化がDAI的にどーも苦手で、
奈良の仏像の肉感にはね、
たとえて言うなら、選手を守ろうとした頃の眼差しというか、
そういうのを感じるんだよね。


                           **


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さすがに線香は小さかった。笑


                           **


中門から眺めてみました。

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西塔

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東塔

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金堂

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大講堂


いやー、すごい。
本当にすごい。

目をつぶると、そこに天平時代の、これから国をつくるぞ!!
と意気込む人達の息吹が聞こえてきそう。

天武天皇が持統天皇のために作ったってことは、
本当に、今からまさに国造りを始めるぞ!!っていう時代なわけで。

この先、各地の豪族に乗っかる形の大和朝廷は、必死に律令を整えて、

土地や民は俺等天皇家のもんじゃ!!とか言いだして、

ハァ?おま、何言ってんの?キティガイ?

みたいな扱いの元、民衆は

苦役の上に土地まで朝廷のものなんてやってられっか!!と、

土地を離れ、寺社の土地所有は認められたから、
なら、勝手に坊主になってやるわ!!と、行基の元に私度僧が集まり、

やべ、これじゃ、土地も民も天皇家のものにならんY!!
と、土地や民を天皇家のものにするための嘘や方便制度をあの手この手で、
天皇必死だな。藁

って、時代になるんだけれど、

そんなわけで勝手に僧になる人間を減らすために、
僧になる資格制度を作りたくて、鑑真和尚を招へいすんだけど、
鑑真和尚はそんな政治的な動きは知らず、御仏の元、
ただ、ふか~い信仰心を携えて来て下さったわけだ。


でも、この薬師寺にあるのは、そういうgdgdな感じじゃなくて、
ヨーシ、これからだ!!これからだ!!
っていう明るい感じよね。


                          **


あと、興味深いのは、太宰府の観世音寺も、
もともと、この薬師寺と同じレベルの大きさがあったと言われてること。

すげー、昔はこんなんが太宰府にあったんだぁ…。

一応、言い伝えでは天武天皇の兄、
天智天皇が、朝倉で崩御した斉明天皇のために建立を発願したのが、
観世音寺で、でも、完成したのは80年後の746年

この話をどう解釈するか…。
発願したのはいいけれど、天武朝の間は建立できず、
天智系の聖武天皇、光明皇后の時代にやっと建立できた、ととるか、

そんな話は最初からでたらめで、

735年ころ 大宰府発の天然痘が大流行

740年    藤原広嗣の乱 大宰府を襲う 玄ぽうなどを讒訴

745年    玄ぽうが大宰府に左遷され、翌年、広嗣派に暗殺

この辺が、観世音寺建立に関係あるのか、

それとも、この時期、逃避癖のついた妄想家、聖武&光明夫婦の
仏教への深い信心が観世音寺を建てさせたのか…。


なにはともあれ、この薬師寺を見ると、大宰府の姿も想像できるというもの。

いや、しかし、まじで大規模だったんだねぇ…。
今の観世音寺からは、絶対想像できないよね。

本当、スケール感だけは、頭では理解できないというか、
肌で感じないと分からないというか。




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黄金の鐘


                            **


さて、薬師寺から、今度は奈良市内へとLET'S GO!
というわけで、近鉄奈良駅方面に帰ります。

公共交通機関で薬師寺から近鉄奈良方面へ帰る帰り方は3通り。

まず、薬師寺の順路案内通りにまわると、最終的に「興楽門」から出ることになると思います。
興楽門を出て、左に曲がると1分も歩かないうちに、近鉄「西の京」駅
そのまま近鉄で、奈良まで戻るのが一手。

次に、その「西の京」駅前に、奈良交通バスの「西の京駅」があります。
で、DAIはバスのフリーチケットを持っているのでこちらをチョイス。
ただ、いかんせん、このバス停、待ち時間が30分ほどあったりします。
運が良ければすぐに乗り込めるのですが、運が悪いと30分待ち


そんな時は、今来た道を戻って、そのまま興楽門の前をスルーして、
(薬師寺を出てからの説明だと、興楽門を右に曲がることになります。)
3分ほど歩くと、車通りの多い、大きな通りにあたりますので、
そこを左に5秒ほど歩くと、「薬師寺東口」駅です。
西の京駅より、バスの本数が2~3本ほど多い感じです。

奈良交通バス路線マップ PDF マップの上の方が西の京周辺


* ここで大きな車道に出たとき、信号を渡らないで下さい。
   逆サイドのバス停は、当然、奈良から離れていきます。


** バスで奈良に戻るときのおすすめ
まず、薬師寺を出てから、
近鉄「西の京駅」前のバス停「西の京駅」でバスがないかチェックして、
もし、20分以上待つ状態なら、思い切って、
バス停「薬師寺東口駅」まで歩いて行きましょう。


こまかいテクニックですが、上手くいくと、20分ほど時間が稼げますよ♪
時間に制約があるなかの20分は、利用価値大あり。
ちょっとしたゆとりが、旅を楽にします♪
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by hot_soul | 2008-01-20 13:02 | あてのない旅さ♪
太平真君七年(446) 北魏の廃仏 太武帝王

建徳三年(574) 北周の廃仏 北周の武帝

会昌五年(845) 会昌の廃仏 唐の武宗

顕徳二年(955) 後周の廃仏 後周の世宗

太平天国(1851) 清末の革命運動 洪秀全

文化大革命(1966) 十年間の動乱 中華人民共和国


845年の廃仏令は4600寺が対象になったとか。
働かなくなって、寺に駆け込む人間が増えたっていうのは、日本と同じ?
ま、当時のニート対策ってとこか。

氏ね!ニート がきわまったのが信長?笑


遣唐使の廃止となにかリンクするんかいな?
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by hot_soul | 2008-01-20 12:27 | 夜の戯れ言
ありゃりゃ~、とちょっと不思議な気分になったので、
奈良紀行を中断して、ソンバー油の話。


                         **


えー、うちの記事を覗きに来る人は知ってると思うのですが、
DAI、記事を完成させてアップさせません。

大体、気分が乗ったときに思いつきで一つの記事を5分くらいでガーッとあげちゃいます。
が、ご存知だとは思いますが、誤字脱字、後から気づいて、
ちょこまかちょこまか改訂して、
そうこうしてるうちに、書き足したいことを思いついて、
なんだかんだで、一つの記事は3日後くらいに完成します。

え?なんで非公開にしておいて、完成してから公開しないかって?
いや、実は半分くらい非公開の記事があるんだけれど、
非公開にチェック入れちゃうと、そのまま非公開になっちゃうんだよね。
記事的にノリが悪くなると言うか。
勢いがなくなるというか。
あー、駄文、公開したくねーなーっていうか。
で、最初から公開してると、駄文でも勢いで公開しっぱなしというか。

最近はRSSなんてものがあるので、迷惑かけてるナァ、
なんて思うこともしばしばで、
そんなわけで、ブログ村みたいな、
ブログの更新を配信するサイトへの登録はなるべくさけてます。

ある日気が付いたんだよね。
ブログランキングかなんかのツールって、誤字脱字の修正するだけで、
RSSが更新されちゃって、ツールのいっちゃん上に紹介されたりするって。
もう、本当、スンマセンって感じ。

が、ブラウザでRSS登録して下さってる方には、本当、面目次第もございません。
へ?更新されてるのに、どこが変わったの?
なんて思われてる方、そう言うときは、おそらく、細かい誤字脱字の修正です。
本当、スンマセン。


                             **


ま、そんな調子で記事をあげてるので、
ちょこまか気分転換に、他の方の記事を覗いたりするわけですが、
今日、朋友・西国さんの記事を覗いて、ちょっと驚き。

たまたまなんだけれど、ソンバー油の記事。

ありゃ?ソンバー油っていったら、阿志岐の入り口で作ってるんだよね。
針摺のゆめタウンの横っていうか。
つか、DAI家の食料品は針摺のゆめタウンで調達してますです、ハイ。
つか、つい3時間前、ナンちゃんの散歩でその前通ったし。
つか、この前、サイバーショットのU20買った中古屋の横って言うか。
つか、DAIが行ってる、1時間1000円で打ち放題のバッティングセンターの横っていうか。

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普通にナンちゃんの散歩道 つか、直売所もあんだよね‥



へぇ‥、不思議だねぇ。
阿志岐の話をした直後に、何千、何万、何百万もある商品の中から、
阿志岐で作られたソンバー油の話を西国さんがしてるんだぁ。

だってさ、遠く離れてて、そんなに頻繁に話をしてるわけでもないんだよね。
それがねぇ‥。

そういや、旅行に当たって、さぁ、鑑真和尚の足跡の旅の最後に奈良に行くぞ!
ってなった翌日に、西国さんの記事で唐招提寺が紹介されていて、
ビックリしたっけねぇ‥。

いやいや、元々、前に観世音寺の今鑑真さんの話をしたとき、
脳裏にはもう一人の今鑑真さんとして、西国さんを思い浮かべて書いたっけねぇ。


なんのお導きかねぇ‥。


なんて、思いつつ、どれ、ソンバー油屋さんのサイトでも覗いてみるかと
覗いてみてビックリだ。


                        **


▲馬油と梅雲丹の歴史


★馬油の歴史
それを伝える明確な文献が実はありません。
ただ、奈良時代、日本に渡来した唐の名僧「鑑真和尚」の一行が
薩摩に上陸して奈良の都に北上する途中、
大宰府で馬の油の効用を伝承していったと、語り継がれてきました。

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DAI家の洗面所


★梅雲丹の歴史
その昔、奈良時代に中国から渡来した唐の名僧・鑑真和尚の一行は、
暴風に遭って薩摩に漂着しました。
陸路北上して奈良の都へ向かう途中、 筑紫の国に一時滞在し、
一人の唐僧を残して 北上を続けました。
その唐僧は筑紫の国に永住し、仏教布教だけでなく
農地の灌漑や土木建築、文学、医学、薬学まで、
この国の文明高揚に尽くしながら、百歳を超す長寿を全うして、
里人から “仙人和尚さん”と尊敬されました。
没後は余徳を慕われて、筑紫野市針摺峠の森の中に祀られていました。
「馬の油」と「梅雲丹」は、この唐僧が伝え残した最高の民間薬だったのです。

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DAI家の食卓


まじかっ!!
まさか、鑑真和尚が馬油と梅雲丹に関係があったとは。

そうか~、和尚のお導きだったか~。
古い梅雲丹の説明は、「武蔵寺」伝来とかなんとかだがな。


つか、梅雲丹なんて、小さい頃からなめさせられてるよ~。
今も、毎日なめてるし。
まさか、こんなに身近に和尚がいらっしゃったとは!!
それも、毎日。


ま、鑑真和尚のお名前が、空海レベルであっちゃこっちゃで使われてる
ってのはあるんだろうけど、
DAIは、徹底的に運命論を遠ざける割に、
案外、こういうのすんなり受け入れられるんだよね。

不思議なもんだけど、こりゃ、和尚のお導きに違いない。
ありがたいことです。









つか、案外、西国さんは馬油と鑑真和尚のつながりを知っていて、
アップしてくれたのかしらん?

まあ、せっかくなので、この不思議気分を味わっていたいので、
是非とも偶然だったと言うことにして貰おうっと。笑
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by hot_soul | 2008-01-19 01:18 | 夜の戯れ言